ルーク。正式名はカイリオンのヴェルドルーク。
(フィアナ「ところでカイリオンってなに? 地名っぽいけど」)
わからない。
(フィアナ「わからないって?」)
記憶がないのだ。
性別は男。髪と瞳はおおよそ黒といえる。膚の色は日に灼けているが元は白と推測される。中背で手足が長い、やせ気味の体型だ。民族は不明だ。年齢は二十歳前だろうと言われている。背中に火傷のあとがある。
(カーティス「ああ、それは背中の刻印を消すために灼いたんだ。どんな刻印かって? 私には確かなことは言えないな」)
出生地は不明だ。育ったところは陽のあたらぬ影のすみかだ。
(フィアナ「なによ、それ」)
エリディルだ。西方山脈のふもとにある、宝玉神殿の直轄領だ。丘陵地帯が多く、年間通じて冷涼で風が強い。農耕には向かない土地で、牧畜や乗馬用の馬の生産が盛んらしい。伝説の土地だ。
聖騎士カーティス・レングラードの従騎士だったが、今度宝玉の巫女の守護騎士をすることになったらしい。
確実なのは、六の巫女のしもべであるということだ。
(フィアナ「……わかったわよ」)
家族はいない。
(フィアナ「え、そうだったの。亡くなったの?」)
わからない。覚えていないのだ。
アーダナ聖騎士団の支給する標準的な従士服だ。褐色を基調としており生地は上質だが実用的なデザインだ。周囲の注目をひかずに活動するには向いている。乗馬用の長靴はがっしりとして頑丈だ。暗褐色の防寒用のマントは戸外の活動に欠かせない。ほかに革製のベルト、手袋、剣帯と護身用の短剣も支給されている。
(カーティス「それで、私の渡した長剣はどうした」)
一応腰につっている。
大陸では〈名を失いし神〉を信奉する大神殿の系列宗派が主流を占めている。〈名を失いし神〉は天空神の系列神であり、輝く神々につらなるものだ。その信仰は白い翼に象徴されている。また地方にはいにしえ人の伝統を受け継いだ神々の痕跡と伝説が残されているが、それらは〈名を失いし神〉への信仰の前に滅び去ろうとしている。この世の影のすべてを統べるという〈影の長〉をいただく影の民の信仰も例外ではない。
……と、前のあるじが言っていた。
(フィアナ「そうだと思った」)
エリディル神殿の六の巫女だ。長く波うつ量の多い金髪に少し紫がかった空色の瞳。膚の色は白。かなり小柄で肉づきの薄い痩せた体格だ。声に特徴がある。よく眠り、よく食べる。年齢は十七歳だそうだ。
名前は…………、
(フィアナ「ちょっと、覚えておいてって言ったでしょ。フィアナ・フィアリルサーナ・フィリアーナ・フィリオリル・フィランディアリル・フィオリデス・エルティアード・レイシア・グウェンディリル・コーヴェンダイン・デュアーリス・イェルスィニア・ヴィンドリサリア・エルメルシス・ディアネイア、よ!」)
……だそうだ。
いない。
(フィアナ「ふうん、そうだと思ったわ」)
気配を消すこと。人に気づかれぬように動くのは得意だ。
(カーティス「それだけか?」)
?
(カーティス「おまえ、人の気配を感じとるだろう。このあいだは神殿の城壁内全体を対象にしていたな」)
それは特殊なことか。
(カーティス「それが普通だと思っていたのか。やれやれ」)
得意というほどではないが、訓練を受けた分野だ。体格と膂力に劣る分、速度が重要となるのは当然だろう。
(カーティス「おおむね同意するが、おまえの速さは尋常ではないぞ」)
書物は読んだことがない。好きかどうかはわからない。
(フィアナ「それって文字が読めないってこと?」)
そうだ。訓練を受けなかった分野だ。
好きではないが嫌いでもない。話せる言葉はいくつかある。大陸のどこへ行っても困らない程度の訓練を受けている。
(カーティス「……どこへいっても、相手が困るような気がするのだが」)
あるじの命じたところへ行く。それがどこかは、俺にはわからない。
(カーティス「これからは少し考えた方がいいぞ」)
好きなものはない。重要なのは食べられるか、否かだ。
(フィアナ「それは本気で言ってるのね。わかったわ」)
嫌いなものはない。重要なのは食べられるか、否かだ。
(フィアナ「むう……」)
周囲の気配と体調と今後の予定と武器の確認をする。
(カーティス「どれが最初だ?」)
気配と武器だな。
周囲の気配と体調と今後の予定と武器の確認をする。
(カーティス「どれが最後だ?」)
気配と武器だ。
……いる。いまのあるじだ。理解のしがたい人物なのだ。
(フィアナ「私だってあなたのことが理解できないわよ!」)
感謝している人物はいる。一度、名の縛りから解き放ってくれた人物だ。あのひとがいなければ俺は日のあたる場所を歩くことはなかっただろう。
(カーティス「変人だがな」)
死ねばなにもできないのではないかと思うが。
(フィアナ「たしかにね……」)
いまはとくに願いたいことはないが、六の巫女の望みを叶えると誓約している。
(フィアナ「だからわかったって言ってるでしょ!」)
すまない、想像することができない。
(カーティス「たしかにな」)
とくに希望はない。
野望とはなんだ。
(フィアナ「身の程を超えた大きな望み、よ」)
とくにはない。
自慢できるような経験はしていない。
恥ずかしいと思うこと自体が恥ずかしいのだと教わった。
(カーティス「たしかにそうかもしれないな」)
……よく、わからない。
(フィアナ「あなたの生活ってものすごく起伏に乏しいのね」)
さきのあるじに名を返されたことだ。
(フィアナ「なんとなくわかるような気がするわ……」)
殺しあいだ。
ない。
ある。任務は全力で果たすことだ。
趣味とはなんだ。
(カーティス「やっていて楽しいと思うことだよ」)
任務のもっとも効率的な遂行方法を考えるのは楽しいようだ。
ないと思っていたのだが、もしかするとあるのかもしれない。だが人間にはふるうことのできない力だろう。
明確な命令は好ましい。疑問を挟む余地がないからだ。
あいまいな命令と無防備な状況は好きではないようだ。
誓約だ。
(フィアナ「はあ……」)
得物は小回りのきく隠しやすい物のほうが好みだ。
(カーティス「これは武器の話ではなく、恋愛の話だ」)
……とくにはない。
それは俺の専門分野ではない。
(カーティス「おまえ、女性とつきあったことはないだろう?」)
そうだな。任務以外では。
(フィアナ「えっ!?」)
任務の遂行を妨害する行為は歓迎できないが、相手にも事情があるのだろう。
誓約を果たしたいと思っている。
(フィアナ「まだ言う気?」)
たぶんいないのではないかと思うが……断言はできない。
いないのだと思うが……断言はできない。
雨は痕跡を消すのに利用できるが、逆に濡れたことで困ることもある。
気配を消すのは楽になるが、敵の接近に気づくのが遅れることもある。
一長一短だ。
(フィアナ「好きか嫌いかを聞いてるのよ」)
あるようなのだが……言葉にはできない。
……。あったような気がするが、思い出せない。
つとめを果たせ。
つまらない話につきあわせてすまなかった。
(カーティス「その自覚があるならすこし工夫しろ」)
……善処する。