太陽の恵みを受け、大地の香りを身にまとう、やせてはいるが健康的な少女が、羊の世話をするといって納屋から去った後、エスカはこらえきれなくなった空腹を癒すために、パンをちぎってはミルクで流しこんだ。
あわてたために、むせてあやうくもどしかけたが、必死でこらえた。せっかくの食料を無駄にするわけにはいかない。
ようやく息苦しさがおさまってみると、空腹はまったく治まっていないのに、食べ物はなくなっていた。エスカは肩を落としてため息をついた。
ここにケリドルーズ師がいたら、苦笑されつつたしなめられていることだろう。長期間におよぶ断食のあとで、固形物をせっかちに食らうなど、滑稽なだけでなくからだにもよくない。ゆっくりとよく噛んで食べれば、胃の腑にも空腹にもずっとよい影響を与えるだろうと、指摘されるのも目に見えた。
朗らかな師匠の姿を思いだして、エスカは学舎の生活を懐かしく思った。
〈賢者の塔〉を旅立って、すでに一年の月日が流れていた。
そのあいだにいくつもの町や村、峠や河を越えてきた。
ディナス・エムリスからも、緑の森からも、ずいぶん遠く隔たったところまできてしまった。
ともに歩みはじめたコルはいまは亡く、すべてをひとりでこなさなければならなくなった。導いてくれるものが存在していても、まともなことができたためしのないエスカだというのに、あたえられた任務は絶対に失敗の許されないものだった。修行のあける前の、しかも落ちこぼれの魔法使いにとっては、ほんとうに荷の重いことだった。
そのうえ、メリアナの髪を失くしてしまった。あれがなければ、求める人物の居所が分からない。
自分のまぬけさ加減に、いまさらのように情けなくなる。
目的地に向かっていると確信しておきながら、最後の最後ですっかり意識を手放して、身ぐるみ剥がされるようなことでは、責任感が欠如していると責められても仕方がない。大失敗だ。
すぐにも探し出さなくてはと焦ってみたものの、ほぼ八日間におよぶ漂流と強制的な断食のあとで、体は思うようにうごかない。
食べ物への欲望はさほど強いほうではないが、いまのエスカは疲弊しきっていて、体を癒すためにも食餌が必要だった。さきほど口にしたほどの量では、とてもたりない。
エスカは、体力を節約するために無理に藁の上に横たわった。
心を落ちつけて、規則正しい心臓の音に耳をかたむけようとした。
塔に入門してからできる限り遠ざけてきたはずの種族の特性を、かれはまたも利用しつくそうとしている。旅のはじめに抱いていた自己嫌悪は、いまではずいぶんすりきれてしまっていた。
まず、ここの自然に受け入れられなくては。
そうすれば空腹はさほど問題にはならない(はずだ)。故郷の森では、一週間くらいならば飲まず食わずで動きまわることができた。ここでできない理由はない。
だが、それまではあの少女に頼るしかないだろう。
かれの直感は告げていた。シアと名乗った少女は、するといったことはやるだろう。ものごしは粗野だし、言葉づかいもぶっきらぼうで、言動には気がかりなことが多かったものの、そこに悪意による翳りは見いだせなかった。栄養状態や身につけているものからして、ゆたかな生活を送っているとはとても思えなかったが、寒村の農民たちの愚昧なずるがしこさは彼女にはみられない。
ただ、賢者についてなされた言及が、かれを落ちつかない気分にさせていた。
なぜ、シアは魔法使いを怖れているのだろう。
もしほんとうにこの島に賢者がいるというのなら、エスカは力を貸してもらいたかった。重すぎる責任をすこしでも肩代わりしてほしかった。本当は、すべてを投げだしてしまえたらと、考えない瞬間などなかったのだ。
いったい、いつになったら安心して眠れるようになるのだろうか。