考えに考えをかさねた結果、シアがたどりついたのは、指環でクレイの居所をつきとめられるかもしれない、という村人が聞いたら大笑いされるか、気違い呼ばわりされるかしそうな結論だった。
魔法使いならともかく、まっとうな人間にそんなことができるわけがない。できたらそれはまっとうな人間ではないのだ。
そんなことは言われるまでもない。
シアだって馬鹿ではなかった。いくら捜し物が得意とはいえ、そこまでだいそれたことが自分にできるとは思っていない。
彼女が考えたのはエスカに手伝ってもらうことだった。かれは以前にも物をたよりに人探しをしたことがあり、おまけにちゃんと成功していた。エスカならまず間違いなくクレイを見つけられるだろう。
だが、問題があった。エスカはいま、そんなことができる状態だろうか。
立ちあがろうとするだけで息があがってしまう、よれよれのからだをしているというのに。
なによりも体力を消耗するらしい魔法を使ってくれとはシアには言えなかったし、言ったとしてもたぶんできなかっただろう。
けれどそんな些細なことであきらめてしまうにはもったいない思いつきである。
シアはそう考えて、とにかくと指環を長持ちのなかから持ち出した。
鍛冶屋の仕事用の炉がある小屋のほうへ歩いてゆきながら、シアはなめらかな指環の表面をなでつづけていた。
鎚の音が規則正しく聞こえてくる。
そちらへむかったのは確たる理由があってのことではなかった。ただ、鍛冶屋の性格は村中に知れわたっていたから、用もなく付近をうろつくものはないだろうと見越してのことであったにすぎない。
ふれていると指環にはこまかい彫刻が施してあるのがわかった。かすかにふれる模様は珊瑚の生まれた海のようにうねって連続していた。
シアは無意識のうちに終わりのない飾り模様に集中し、ふたたび人の気配を捕えた。指環に残るにおいとおなじにおいをもつ人間の気配だ。
それは北の方向から漂ってくるように思えた。それが本当に匂いだとして、の話だが。
もちろん、村のなかからではなく、どころか、街道ののびる方角からでもなかった。
シアは、そんな事実は気にもとめなかった。希望だか期待だか判別しがたい思いで胸が大きくふくらんでいたからだ。
どのみち、街道だってまっすぐのびているわけではないのだし、それなら、道の先がだれも踏み込むことのないあの森のなかに通じていたとしても不思議はないではないか。
たしかに感じる気配をさらに念じるようにからだに刻みこむようにしながら、シアは大きく息をつき、興奮を鎮めようとした。
失せ物探しは彼女の特技といってもよかったが、それはせまい島のなかでよく見知ったものに対しておこなってきたことだった。
このような状況でも特技が役に立つかもしれないという発見は、ここまでの旅で役立たないことこの上なかった彼女を舞いあがらせるのには充分すぎるほどだった。
シアはクレイを探しにいこうと決めた。
どうせ、エスカは当分うごけそうにない。ここで使い走りをしているよりも、はるかにミルテの役に立つにちがいない、そう思った。
クレイが村から遠く離れたところにいるのかもしれない、そんな心配はしなかった。
自分の鼻で嗅ぐことのできるにおいがそう遠くから漂ってくるはずはないと、漠然と考えていただけだ。
シアは母屋へとって返すと炉端の相棒になにか言っておくべきか、しばし悩んだあとでくびからペンダントをとって、枕元にそっと置いた。さらにゆびから母の形見の指環をぬきとり、珊瑚の指環を借りてゆくかわりに床几にのせた。
ソリーがいぶかしげに少女のすることを見守っていた。
ミルテは荷馬車を駆って今日も許婚者を捜している。村人もミルテの行為を無駄なあがきと言いつづけるだろう。これはやらなければならないことなのだ。
ミルテの指環をもったまま出てゆこうとするとソリーは後についてこようとした。
シアはしめった黒い鼻をかるく手のひらで制し、つよいまなざしでだめ、と言った。
「あんたはここにいなきゃ。ミルテがあんたの主人でしょ」
ソリーは、そうだ、だからあんたには私に命令する力はないとでもいうように、シアをまっすぐに見つめ、一歩も退かなかった。相性のいいのもむべなるかな、シアと犬とは仲間同士、対等の関係でしかなかったのだ。
なにを言っても無駄だということを悟って、シアはソリーとともに村を出た。
気配に導かれるままに進むことにしたので、すでにある径は無視することにする。
とにかくまっすぐに目標をめざすのだ。
おかげでかれらは、村の住人がまったく知らないうちに姿を消すことになった。
やせた少女と犬の行進を目撃したものはただひとり、鍛冶屋だけだった。仕事場の前を通りすぎていったところを見て、妙な方向にむかって行くなと思いはしたが、鎚をふりおろしているうちにはすっかり忘れてしまい、そのまま鍛冶屋の記憶からひとりと一匹のことはぬぐい去られてしまった。