もう、戻ってくるな。
そう言われ、呆然として、重力をふりきろうとしていた。
未練を棄てて、飛び出さねばならない。かれはここにはいられないのだ。
故郷の惑星を見下ろす衛星軌道上の中継ステーションで、少年のかれは初めて彼女に出会った。
まだ幼い少女は寂しげな顔をして、薄暗い展望室から、陸地の緑よりも海の面積の勝った青い惑星が、真空の闇で輝くのをぼんやりと眺めていた。
彼女はひとりだった。そしてかれも。
きれいな女の子だとかれは思った。
それだけでとどめていたかったのに、そのとき猛然と成長しようとしていたかれの内のちからは、彼女の抱えている悲しみの理由まで伝えてしまう。
彼女はつい最近、両親を亡くしたのだ。
別の星で幸せに暮らしていたのに、この辺鄙な星までやってこなければならなくなったのはそのためだ。
身元を引き受けることになったのは遠い血縁の女性。いままで面識がなくて親しみをおぼえようもないくらい疎遠な存在に頼らねばならない心細さと、肉親を失った悲しみとに彼女はこころをしびれさせていた。
凍りつき、水分を失ったこころのなかにひそんだ感情が、かれを刺激する。
空調の送り出すかわいた風は、ともするとわけもなく潤んできそうな眼のおおきな助けだった。
無言のうちに展望室から下を眺めながら、かれらはお互いが似たような存在であることに気づいた。
しあわせな子供時代に唐突に別れを告げられ、これまで生きてきたのとは違う世界に、足を踏み入れようとしている。
乗り継ぎの船を待つ間の、ぽっかりとあいた時間だった。
リールの湖水によく似た色の瞳は、かれをちらりと見ると視線を逸らした。
それは思いやりを持ってなされた行為だった。
そのときにかれは気づいた。
彼女のなかにもちからがある。
かれのにはもちろん遠く及ばない、かすかなものだったが、いまのかれの状況を見てとるにはそれでも充分だったのだ。
捨てられた子犬。
居場所を失った子供。
どちらでもたいして違わない。
ようするに、かれは故郷から拒絶されたのだ。祖母の顔をした故郷に。
そしてかれも拒んだのだ。
ただしくは、かれが拒んだから、かれは拒まれた。
順番は逆だ。
誰のせいなのかはあきらかだ。
なのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
彼女が受け入れられるはずの惑星は、かれの故郷だった。
マルト・ディムナス。
祖母がまだ少女だった時分に主権を認められた、惑星としては標準でも国家としては小規模な、歴史の浅い植民惑星だ。
それでも、人類のふるさとで冷たい海に囲まれて暮らしていた小さな島の住民にとっては、とてつもなく広いあらたな世界であったろう。
かれらは自分たちの小さな王国を土台からここに植え込んだ。
王家と神殿。
一見して時代錯誤な制度がいまだにかれらの生活システムを支配している。
ほかの星の住人にとって、かれらは理解しがたい人種だった。なにを好きこのんで中世の封建制度の世界に暮らしたがるのか、それは部外者には謎と映る。よくて変人、悪ければカルトのように扱われることもある。
だが、かれらにとってはどうなのだろうか。
それは必要だからこそ残されているシステムなのではないか。
学者たちの好奇心が、ときおりかれらの周辺をつついてまわることもあった。しかし、肝心のところはけして明らかにならない。なぜなら、それはふつうの人間にとっては理解の不能な事柄を前提としているからだ。すべてがあきらかになるとすれば、かれらがそのシステムを必要としなくなったときだ。それまでは、神殿と王家はひとびとによって大切にまもられつづけるだろう。
公にはできない理由で。
マルト・ディムナスのひとびとの多くには、ふしぎなちからがそなわっていた。
弱いものならば客観的には、共感能力とでも呼ぶのだろうか。
ひとびとは不文律のようにそのことを隠して生きてきた。
人間が国家というものを築く以前から、ひとまとまりになってひっそりと暮らしてきた。
そしてそのちからは、何千年ものあいだにかれらの生き抜くためのシステムそのものとなっていたのだ。
システムは、神殿と王家とで支えられている。