それがかれの問題でもあることは、まるで省みられることはなかった。
マルト・ディムナスの血をひく大部分の人々と同じように、かれにはちからがあったが、それは不必要なまでに強いものだった。本来ならば、国王の座を継ぐもののみが持ち得るはずの、強大なちからだ。
かれが王になれば、王に共鳴しそのちからを自在に操る一の巫の存在もより強くなり、マルト・ディムナスの礎は強固なものとなるにちがいなかった。
だが、かれにとっての一の巫は存在しない。
これまでも、これからも、現れそうになかった。
王は強大なちからを備えた存在だが、みずからは行使したりしない。行使するすべを持たないのが王なのだ。それは、王と神殿、どちらかの存在が際だつことのないように仕組まれた巧妙なしかけだ。いつのころから定着したのか検証不能なほどに古くからある、けして犯してはならない掟なのだ。
だが、かれは幼いころから自分のちからを操るすべを知っていた。
ゆえに、かれは王にはなれない。
かれのように強いちからを持ち、自分であつかえるものは、王としていただくには危険すぎる存在なのだ。
マルト・ディムナスの神殿は先行きの不安を予見していた。
現在の国王は病がちで、治世は長く続きそうもない。
王の息子が後継者としてさだめられてはいるが、王子のちからはかれとくらべて明らかに劣っていた。王の崩御はまだ先だとだれもがかんがえてはいるが、そのとき、王子とかれのちからを秤に掛けるものは、必ず現れる。
それが神殿のかかえている不安の正体だった。
神殿は、生まれたときからかれを不安分子としてつねに監視しつづけている。いざというときには、抹殺することをも視野に入れた上でだ。そのためにかれは公には存在しない人間として育てられた。
しかし、かれの持つちからが、みすみす失ってしまうにはもったいないものであることは否定できない。
当代の一の巫女である祖母は、かれ自身のことではなく、かれのちからを国に還元することのみを計画しているように、かれには思えた。
そうでなければ、あれほどまでに非人間的な要求をかれに突きつけることができるだろうか。
かれは拒絶した。
絶望とともに、少年だったかれは雲の上の存在である祖母に対して全力であらがった。
その結果、マルト・ディムナスから出ていくように言われたのだ。
そして戻ってくるなと。
展望台でわずかな時間をともに過ごした少女とは、すれ違うように別れた。
少女の存在にほんのすこし勇気をもらったような気がしていたが、それはかれの心の奥に、故郷の思い出とともにしまいこまれた。
それからかれは、帰るべきところを失ったものの定めのように、あちらこちらを渡り歩くことになる。
身元を引き受けたのはマルト・ディムナスの外交官で、仕事柄任地はつぎつぎと変わっていった。かれは自分から任地についていき、さまざまな惑星を訪れた。そして、成人して後見人が必要なくなってからも、ひとつところに定住しようとはしなかった。
かれのなかには変わらずちからが存在しつづけていた。
躯の成長が止まった後もちからはすこしずつ、大きくなりつづけていた。
ときには他の人々のように、ちからを無視して生きてみようとしたこともある。
だが、それが可能なほどに、かれのちからは小さくはなかった。日頃使わぬように注意していたところで、なにかの弾みに現れるちからは防ぎようがない。
ちからを持て余すほどならばだれかに責任を押しつけることもできたろう。だが、あいにくかれはそんなせっぱ詰まったときでさえ、冷えた頭の隅でちからをコントロールすることができた。
しかし、ちからのことや、それに付随する諸々のことを他人に説明するようなことは、できるだけ避けてきた。
それが他人とのあいだに壁をつくっていたのだろうか。
世間を漂流するうちに、知り合いは増えた。
だが、よろこびをわかちあえる友も、生活をともにしたいと思えるような伴侶にも、かれは巡り会えずにいた。
ひとはかれの前を親しげに、距離を持って通り過ぎる。
おなじように、かれは礼儀正しく、かれらを見送る。
はたから見たものは、逆ではないかと思っただろうが、かれの感覚では自分はいつも受け身だった。
新たな土地に降り立ったとき、いつも感じるのは違和感と孤独。
馴染みのない大気にとりまかれる瞬間、かれの覚えるのは、なにかが間違っているような感覚だった。
どこへいってもやんわりとした拒絶を受けているように感じてきた。実際は、自分を受け入れてほしいと願い、あと一歩を踏み出すことのできないかれのほうに問題があったことは確かなのだが。