王家のリムジンはさすがにすべるように進む。
 おなじ道をイヤというほど揺れるトラックで通ったことのあるかれには、運転手の乗客に対する欠かさぬ配慮を感じとることができた。専属の運転手は王家の人々とは古馴染みだ。おそらく、アイリーンの境遇のことはよくわかっているだろう。
 たったひとつの宇宙港にたどりついたとき、彼女は王女の夫にここからはひとりで行くと宣言した。
 もうひとりの王女のいる中継ステーションまで送り届けるつもりでいた男は、これに反対した。
「アイリーン、きみひとりの身体じゃ、ないんだぞ」
「だからって、あなたにできることがなにかあるの?」
 むろん、医者でも産婆でも、能力者でもない人間にできることなど、励ましの言葉をかけるほかに何ひとつとしてないのだが、そこまでいわれた男はさすがに鼻白んだ。
「ごめんなさい。でも、私とともにいる時間が増えるほど、あなたの危険は増していくのよ」
 冷静な声で指摘する彼女に、男は悲嘆にくれていた友人が憎しみにゆがんだ顔を見せたときの衝撃を思い出したようだ。
 婚約を認めようとしない神殿に、皇太子ははじめのうち、なんとかして説得しようと忍耐強く接していた。
 おおらかな性格の皇太子は、諍いを好まず、アイリーンが軟禁されたのちも落ち着いて対処しようと懸命だった。それも恋人である女性を信頼しきっていたからで、一の巫女をうんといわせれば自分たちの未来はひらけてゆくのだと信じていたかれを責めることなど、できはしない。
 いま、皇太子は子供の父親について、疑心暗鬼になっている。
 こうして彼女とじかに会うだけで、男は十分すぎるほどに危険を冒してきたのだと、かれはいまさらのように気づいた。
「どうもありがとう、アーノルド。感謝しているわ。ルスとジャスティンによろしく」
 さしだされたほそい手を、男はためらいがちに握った。
 彼女の手はあたたかかった。
 滑走路に待機するシャトルに向かって歩き出す女を、男は無言で見送りつづけていた。だがアイリーンはふりかえろうとはしない。
 湿った大気にけぶる断固としたその背中に、彼女の決意が透けて見えるようだった。

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