第四章



 陽射しはさらに強くなった。日なたと日陰のコントラストがきわだつようになり、光の中で招かれざる客となっていたズァラームは、もはや薔薇園の中央にたたずむことはなかった。
 もし光が彼を歓迎したとしても、ズァラームにとって強烈な光はもはや厭わしいものでしかない。
 長らくつづけてきた修練が実を結びつつあり、ゆびさきから闇が染み込みはじめていたのだ。
 もうしばらくすれば、闇のちからはさらに強くなり、光にも耐えられるようになるのかもしれない。だが、いまのズァラームにはそこまでの力はなかった。
 マルティネシアが流産してから、ディヤリスは母と会えぬ不安をいっそう募らせていた。母がうけた衝撃の意味は、まだ少年の理解の外だ。だが、館のひとびとの様子から事態が深刻であることは感じていた。
 ズァラームは、うちひしがれた異母弟の気をひきたてようとすら思えなくなっていた。
 だが、ディヤリスの小さな手を握りしめて弟の信頼を得ていることを確かめることは忘れなかった。
 そして館の侍女についても。
 リアーナはズァラームに抱いていた警戒心を、すっかり捨て去っていた。
 彼女の視線はズァラームにのみそそぎ、耳はズァラームの言葉にのみ傾けられる。
 陽のあたらぬところへと人目を避けて導いてゆかれることにも、触れあわんばかりにからだを寄せあっていることにも慣れて、ときには自分から望むようにさえなっていた。
 彼を崇拝する娘の熱に浮かされた眼をのぞき込み、ズァラームはやさしく微笑んでみせる。
 冷たさを感じるほどにととのった美しい顔が表情を得ることは、とても貴重で尊いことのように感じられ、それが自分のためなのだと気づくたびに、リアーナの心はうちふるえる。
 手を取られ、からだをひきよせられてても、なされるがままに。
 彼は瑞々しい頬にゆびを這わせ、やわらかな感触を味わうと、ちいさな顎をとらえて、なめらかな額にゆっくりとくちびるを寄せた。
 一瞬が過ぎ去ると――それは長い一瞬だった――彼はそっとからだを離して、伏せられていた瞼が開かれるのを待った。
 娘は上気して赤く染まった顔で彼を見あげた。
 彼女が愛する男は、おだやかな表情の下で冷徹に観察をつづけていた。
 背後に控えているのは彼女の見ている光ではなく、彼をつきうごかすのは愛ではない。
 彼は待っていた。
 そのときはもうすぐやってくる。
 光のとどかぬ暗い部屋で、闇の声を聞くときが。
 秘術をつくし、彼のために、彼だけのために、偉大な力ある存在を召還するそのときが。
 初めての恋に心を奪われた娘をあわれむこともせず、ズァラームがそのとき考えていたのは、暗闇に花ひらく深紅の薔薇の美しさだった。


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