それからしばらく後に、薔薇の園は守り育てたあるじを失った。
セルウィス伯爵は使用人すべてに暇を出し、館は見捨てられたまま、寂れてゆくにまかされた。
マルティネシアは健康を回復し、ヴェリアス公の宮殿へと居を移していたが、子供はもう望めまいと医師に言い渡されていた。だから、姉のことも行方不明の侍女のことも、答えられることはなにもなかった。
ディヤリスはどうであったろう。
マルティネシアの息子はだれからも、なにも尋ねられなかった。
八つになる少年は胸に暗い秘密をいだいており、おびえた表情が彼をいっそう幼く見せていた。ひとびとは彼にはなにも期待しなかった。そして真相の分からぬ事件をさまざまに噂しあい、憶測ばかりが世間をにぎわせることになった。
薔薇の季節が終わり、リームーンの香りの漂うころ、セルウィス伯爵夫人の名も次第に聞かれなくなっていった。
ズァラームはそれまでとなにひとつ変わりない日々を送っていたが、ある日、宮廷ですれ違った男に目を留めた。
自分のものになったあたらしい力が教えたことは、その男こそがセルウィス伯爵夫人の血を分けた兄である、という事実だけではなかった。男の存在すべてに刻印されたヴィスタリスの暗く熱い情熱が、いまの彼には見えた。
胸が悪くなった。
伯爵夫人がみずからの命を絶った原因を見ているのだということよりも、彼女がどこまでも彼に近かったのだということを思い知らされたためだった。
ヴィスタリスは始めから知っていたのだろう。彼女は心の内を彼にぶちまけさえした。彼に気づかせようとしていたのかもしれない。彼がしようとしていたことを、見ぬいていたかもしれなかった。
ズァラームは、会釈をして遠ざかってゆく後ろ姿を追いながら、決着をつけようと心に決めた。彼はもう、後戻りのできないところまで来てしまっていたのだ。
セルウィス伯爵夫人の兄と思われる死体が発見されたのは、行方不明となってから数ヶ月後のことだった。
骸のあった薔薇園の薔薇はすでに枯れつくし、手を入れるもののない中庭は、荒れ果てていたという。〈了〉