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 おだやかな、しかし有無を言わさぬ海人の巫の申し渡しをうけたのち、シアとエスカはふたりだけでとり残された。
 タデュアがもってこさせた魚を火で焙りながら、ふたりは黙りこくって、人の頭ほどの大きさの丸い木の実をふたつに割ったものをむさぼっていた。
 やはりタデュアの贈り物である木の実は、硬い殻におおわれていたが、果肉はやわらかく、十分に汁気をふくんでとても甘かった。
 何日めになるのかもわからない強制断食のあとで、すっからかんの腹を慣らすためには、木の実はちょうどよい食べ物だった。潮風と恐怖にひりつく喉にも、割っただけでにじみ、あふれてくる果汁は、天の甘露そのものだ。
 二個めの果実をかじりつくし、シアはようやくひといきついて魚を見た。
 シアの視線に気づいて、エスカが魚を突き刺している小枝をまわす。
「まだだよ。あとすこし」
 魚は、表面は焦げめがついていたが、シアの目にも中まで火がとおるにはしばらくかかりそうに見えた。タデュアは、かなり大きめの魚をあたえてくれたのだ。
「どうするの」
 シアは、エスカにぶっきらぼうに尋ねた。
 少年はシアを見ずに木の実をかじりながら答えた。
「なにを」
 はぐらかそうとしているのではなかった。エスカは、じれながら三個めの木の実を手にとった少女に、得体の知れない熱意を感じていて、タデュアのことを話題にしたくなかったのだ。
 しかし、いま、道づれとも言える唯一の存在であるシアと、なにも話しあわずにいるわけにはゆかない。
「…やるしかないだろ、タデュアの言うとおり。指環とクウェル・シルアーリンをかたにとられてちゃ」
 エスカはすすまない気分そのままに、力なく答えた。
 クウェル・シルアーリンは、エスカが賢者の塔からはるばる旅をしてきた、理由そのもののような宝石だった。手にするまでには、大きな犠牲がはらわれている。とても失うわけにはいかなかった。
 嵐にまきこまれずにいたら、いまもそれを手に、ディナス・エムリスへむかっているはずなのだ。
「そうだよね。もちろん、救けにいかなくちゃ」
「シア」
「ん?」
「エイメルをつれ戻してくる間、きみはここで、休んでいるといいよ」
 魚を火からおろして、ほぐしはじめたエスカに、シアはすかさず聞きかえした。
「なんで」
「なんでって。きみにはなにか考えがあるのかい。エイメルは人間に捕らえられたってだけで、どこにいるのかわからないんだぞ」
「でも、タデュアはローダにいるって言った」
「ローダがどこだか、知ってるの」
 問われて、シアはそばかすだらけの顔を赤くした。言ったエスカも、すぐに後悔した。育った島以外、なにも知らない彼女には、酷な言い方だった。
 しかし、シアはひきさがらなかった。
「でも、エスカには考えがあるんでしょ」
「あるにはあるけど、タデュアの要求どおりにことを運べるかどうかは、わからない。もし、エイメルが死んでいたら」
「生きてるよ。タデュアにはわかるって言ってたもの」
 熱をこめて言うシアに、エスカは「自信がないんだよ」と言った。
「人をさらうようなやつらは、なにをするかわからない。ぼくはまだ見習いの身だし、ほんとうに自信がないんだ」
 さしだされた魚を頬張りながら、シアはしばらくおとなしくしていた。
 エスカは、シアを気にかけながらも、海人との取引をどのようにして成功させたらよいかを考えはじめ、無言がつづいた。
 シアがとつぜん、もっていた木の実を地面にたたきつけるように置いたとき、見習い魔法使いは背筋がひくりとひきつったのを感じた。
「やっぱり一緒にいくからね」
 宣言されて、エスカはなかば立ちあがるようにして身をのりだした。
「さっき言ったことを、ちゃんとわかってるのか。もし、失敗したら」
「もし失敗したら、エスカは戻ってこられない。そしたらそのとき、あたしは魚人間にかこまれて、どうすればいいの」
 真顔でたずねる少女に、エスカは返答できなかった。そこまで考えていなかったのだ。疲れがたまって、思考が膠着しているのに違いない。
 けっきょく、シアをおいて出かけるそれ以上の理屈をこねあげることができず、夜明けを待たずにふたりは小屋を出た。
 タデュアと従者のきびしい眼が見送る中、星空の下、海人たちが丸太に乗せたふたりをローダのはずれまで運んだ。
 期限まで、無駄にできる時間は、一時もなかった。


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