潮風に吹かれて、鳥肌のたった腕をさすりながら、シアは入江にへばりついている港町をながめていた。
満ちた月を背にしてのながめは、点々と灯った明かりでにぎやかだった。ひとつひとつを聞きとることはできないものの、おおぜいの人のうごく気配が、真夜中の大気をとおしてつたわってくる。
シアは、はじめて見る街というものに、その建物の多さ、猥雑さ、人の多さに、ただ驚いていた。
島にはふたつの集落があったが、それをあわせたところで、ローダという街の五分の一程度にしかならないだろう。
島の祭りのときの、何倍もにぎやかだ、とシアは思う。
離れて見ていてそう感じるのだから、なかに入ってじかに接したら、圧倒されてしまうかもしれない。
ふいにエスカの不安が自分のものになった。
これは、知りつくした島での探しものではないのだ。こんなに多くの人びとのいる広い場所で、見たこともない人物を探す。簡単な仕事ではない。
おまけにこの仕事には、期限がついている。
エスカはとなりにいるシアの弱気に気づく余裕もなく、眼を閉じて一心になにごとかをつぶやいていた。
手にはタデュアからわたされた、金の腕環がある。ふたりが探さなければならないエイメルの、たったひとつの手がかりだった。
なにか、エイメルが身につけていたものを貸してくれないかと申し出たエスカに、海人の巫は目に見えて難色を示した。
なにが気にさわったのか、シアにはわからなかったが、エスカには自明のことであったらしい。魔法使いの見習いは、ものやわらかく、かならず傷つけずにお返しすると、知恵の実を刈るセインクシスにかけて誓いをたてた。
エスカはそのほそい腕環をしっかりとつかみ、半眼で闇の彼方を見つめていた。
「エスカ」
おそるおそる小さな声で尋ねると、少年は眉間に寄せたしわをゆっくりとのばした。
「わかったの」
肩を落とし、ため息をつきながら、エスカはうなずいた。
「やっぱり、生きてたんだ。どこにいるの」
「問題は、それだよ。この先の、すこし高くなったところに、塔が見えるだろ。あの下に、けっこう大きな館があるんだけど、エイメルはそこにいるんだ」
腕環に自分の腕を通しながら、エスカは疲労の色濃いため息をついた。
「あれは、たぶんここの領主の館だ。高い塀でかこまれてるし、警備も厳重。入りこむには、覚悟が必要だ」
エスカが、だからここで待っていろとまなざしで説得しようとしているのを、シアは無視した。「じゃあ、覚悟しなくちゃね」
エスカはまたもため息をついた。
シアはかれが疲れて、辛抱がきかなくなっていることを知っていた。根気よく説得する気力がないのだ。
危険を心配してくれているのをこうしてはらいのけるのは後ろめたかったが、シアはどうしてもエイメルを救いだす手助けをしたかった。
なんの役にもたたないかもしれない。もしかすると、まったく邪魔にしかならないかもしれないけれど、なにもしないではいられない。
なぜこんな思いにかられるのか、理由は彼女にもわからなかった。
タデュアのことばのせつない響きが、まだ胸に残っていた。
その美しい横顔に落ちる、苦い翳とともに。
(なぜ、あの顔を見たことがあるような気がするんだろう?)
指環とクウェル・シルアーリンをかたに脅迫されたにもかかわらず、タデュアを悪く思うことはできなかった。
海人の巫が、ぎりぎりの状況で決断をくだしたことを知っているから。
海人の運命は、エスカに賭けられたのだ。みずから修業中だと告げる、魔法使いの見習いに。