領主をともなって進むアンガスの前に立って、シアは暗い廊下を歩いていった。
憮然とした表情のゴンダリオがすこし後を、さらに衛兵たちがその後を追ってきたが、アンガスはかまわなかった。
わかれ道があるたびにシアはうしろをふりむいてアンガスに判断をあおぎ、アンガスはエイデールに訊ねた。領主はすっかり腹をくくったように見えた。
歩きながらことのなりゆきを理解しようと、シアは一生懸命に頭を働かせていた。
エイデールのような敬うべき人物の寝室に押し入ったことへの罪悪感や、ゴンダリオへの恐怖にアンガスの得体の知れなさが加わって、彼女の頭はすっかり混乱していた。
自分はここにいていいのだろうか。こんなことをしていていいのだろうかという疑問がだいぶ前からわいているのだが、周囲の状況を見るととても逃げだせそうもない。
それに、とシアは思う。
さっきからひどくなってきたこの変な臭いと、寒気がするほどいやらしい気配は、いったいなんだろう?
錆びた鉄製の大きな扉の前で廊下は終わっていた。
ゆきどまりの一歩手前でシアが立ちどまると、アンガスは腕のなかのエイデールに言った。
「この先か」
領主は重々しくうなずき、ゴンダリオを呼んだ。
「開けろ」
「魔術師の許可が…」
「かまわぬ」
いかつい顔の傭兵は、鋭い一瞥をアンガスにやると腰から鍵をとりだして扉の鍵穴に差しこんだ。がちゃりと音がして錠がはずれ、押された扉はきしりながらゆっくりと開いていく。
シアは顔をしかめた。
臭いがひどくなったのだ。
扉が開かれたことで空気の通り道ができ、むこう側から風が吹いてくるようになったらしい。風にのっていやな臭いが運ばれてきて、その臭気は耐えがたいほどだった。
「なんだ、これは」
後の衛兵からも悲鳴があがり、幾人かは逃げだしていった。
アンガスがエイデールを見ると、領主は嫌悪感に顔をゆがめていたが驚いてはいなかった。
「この奥だ。もう妨げはせぬ。はやく行け」
「どうやら臭いの正体をご存じらしいな。ぜひ、ご一緒しようと思っていたのに」
領主は顔をひきつらせて、アンガスがゆるめた腕から身を引き剥がした。
主人が解放されたと知って下手人に飛びかかろうとした衛兵たちを、エイデールは大声で制止した。「わしはなにも知らん。知らんが、この先へはゆきとうない。勝手にゆけ」
エイデールは剣を抜こうとしていたゴンダリオを眼で制し、さらに衛兵たちを睨みまわした。
「さっさとゆかぬか」
エイデールがこれほどに怯えるなにが扉の向こうにあるのか。
シアにはわからなかったが、知りたくもなかった。全身がそそけだつこの感覚だけで十分だ。
けれどアンガスに呼ばれて、彼女は進まなければならない自分を知った。
もし、エスカに見捨てられたくなければ。
タデュアの望みをかなえたければ。