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第七章



 トルードが戻ったのは、昼すぎのことだった。
 それまでの緊張からは想像もつかないほどに深々と寝いっていたシアは、エスカに肩をゆすられて飛び起きた。
「この子たちと一緒に逃げてきたんですよ、シャインサ」
 吟遊詩人は、見知らぬ女をひとり、つれていた。あざやかな赤い服を着た黒髪の女だった。
 若くはなく、目尻やくちもとにしわはあったが、まださほどめだたない。なにより、美しいと思わせる女だった。島にはこんな種類の女はいなかった。
 シアは、女の漂わせているつやっぽさと威厳に身をすくませた。エスカはというと、吟遊詩人の意図をよみとろうとして、慎重に相手をさぐっていた。
 シアたちは女を見て驚いたが、それは女もおなじのようだ。
 汚れてくたびれた格好の、こどもばかり。
 双方はこの出会いをしくんだ吟遊詩人を見て、答を得ようとしたが、微笑み以外のものをひきだすことはできなかった。
 最初に口をひらいたのは、シャインサと呼ばれた女だ。
「それで、あたしになにをしてほしいの」
「さきほどのうちあわせどおり、お願いしますよ。なにしろ、こんななりをしていますが、この人たちは御領主から狙われているんです。祭りにまぎれこめるくらいには、しておかないとね」
 そこでトルードはいぶかしげな顔をしているエスカに了解を求めた。
「このかたはローダ一の踊り子、シャインサ。われわれに協力していただけるそうです。いいですね」
「いいもわるいも、言える立場じゃないですから」
 エスカの機嫌は、まだなおっていないようだ。つっかかりぎみの返答に、吟遊詩人は苦笑したが、シャインサと呼ばれた女は眉をはねあげた。
「あたしが信用できないのなら、そうお言い」
「そうは言ってません」
 エスカは下を向き、シアは魔法使いがきまりの悪い思いをしていることがわかった。
 シャインサの言うような意味で言ったことばではなかったのだ。ただ、トルードに素直にうなずくことができなかっただけだ。
 シャインサに悪意のないことは、シアでも見てすぐにわかった。魔法使いのはしくれであるエスカなら、彼女の瞳にひそむ、悲しみにも気づいたことだろう。
「シャインサ。かれが言ってるのは、この場合いたしかたのないことだが、いやなことでもやりますよってことなんですよ。かれは祭りのようなにぎやかなところが、あまり得手ではないのです」
 トルードの助け船にシャインサは眼をまるくした。
「めずらしいぼうやね。そういうことなら、あたしがわるかったわ」
 熱くなるのもはやいが、さめるのもすばやいらしい。踊り子は、エスカの肩をたたくとにやっと笑った。
「おわびにうんと飾りたててあげるからね」
 シャインサのそれからの行動は、みずからのことばにたがわなかった。
 まず体を清潔にしなくては、と判断した彼女は、宿の主人に湯浴みの準備をするように言いつけた。そのあいだにエイメルやエスカに服をあわせてみては、体格と容姿にあったものをみつくろった。
 シャインサはいろとりどりの衣装を大量に持参していた。シアは、その多彩な色彩や刺繍の模様に目をみはり、てざわりの柔らかさにおどろいた。彼女は荒いごわごわした毛織の布にしかふれたことがなかったのだ。
「こっちの子は、そうね…」
 湯浴みの準備がととのったとのしらせに、エイメルとエスカをトルードにゆだねると、シャインサは、ひとりで複雑な模様の刺繍に見いっていたシアを見た。
「いっそのこと、男の子にならない?」
 黒い瞳でしばらくみつめたすえ、シャインサは用意した衣装と見くらべてそう言った。
「あんたにちょうどいいくらいの娘用の服がないのよ」
「男装の麗人、というのも悪くないですね」
 いつのまにか戻ってきていたトルードが「彼女は戦乙女だからね」と言いながら近づいてきた。アンガスがいたなら、また死人を例に出して、とぼやいたことだろう。
「男の服っていっても、お祭り用だから、それほどかわりはないんだけど。いやなら、探してきてもいいんだよ」
 シャインサは、シアが無言でいるのを気づかって言いそえた。
 だが、シアは首をふり、シャインサの懸念を否定した。彼女は、こんなに美しい服を着ることができるというだけで、単純に興奮していたのだ。
「ほんとにあたしが着ても、いいの?」
 シャインサは少女の無邪気な反応にくちもとをほころばせた。
 とびあがってよろこぶシアに、トルードは湯浴みにいっておいでと言いたした。
「ついでに、相棒の格好を見てあげなさい」
 いまにも笑いだしそうにくちもとをゆがめて言う吟遊詩人に、シアは大きくうなずいた。


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