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 館は、その晩、盗賊たちの自慢話でわきかえった。
 広間の中央にある大きな炉を囲んで車座になり、男たちは大いに飲み、かつ、食した。
 女たちは給仕をし、嬌声をあげる。同時に自慢話に耳をかたむけ、ときには茶々をいれ、ほめたたえる。
 戦利品はすべてかしらの前、上座のがっしりとした椅子の前に積みあげられていた。それらはかしらの裁定を経て、それぞれに分配されるのだ。
 アマリアは他の侍女たちとともに、そのおびただしい分捕品のとなりに腰をおろしていた。
 館の中に、床というものはなかった。盗賊たちはみな裸足で、土間の上を平然と歩きまわっている。アマリアたちが座っているところも、とうぜん踏み固められた土の上だ。
 侍女たちは、奴隷と名をかえられて土と埃にまみれながらもおとなしくしていた。逃げだそうとしてもかなわないことは、彼女たちの姫君が証明してくれた。反抗して盗賊の不興を買いでもしたら、アマリアのように傷を負うことになるのだ。
 姫君は、後ろ手に手首を縛られてむっつりと押し黙ったまま、宴の様子を観察していた。
 盗賊たちは例外なく薄汚れて不潔だった。一度も洗ったことがないのではと思われる服からは、異様な臭いが漂ってくる。そのうえに汗と酒と、木彫りの器に盛られた素朴な料理のにおいがまじりあったものがこの場の雰囲気をつくっていた。
 広間と呼ばれる部屋は、薄暗いうえに大勢の人間のひといきれと炉の炎とで、ひどく蒸し暑かった。
 その中でかれらは大声で笑い、こづきあい、果ては歌を歌いだすものもいた。即興の、がらがら声の調子っぱずれの下品な歌は大いに受けて、その場で盛大な拍手をもらっていた。
 杯は干されるたびに満たされ、満たされれば干された。酒の量が増えるごとに、男たちの声は大きくなる。態度のほうも比例してゆくのを見て、アマリアは顔をしかめてしまう。
「みんな、楽しんでるな」
 ラドクが杯をもって立ちあがり、ぐるりを見わたすと、ぎゅうぎゅうにつまっているのにもかかわらず、人々は杯をかかげながらそれぞれに返事をかえしてきた。
「おう、やってるぜ」
「よっ、ラドク。いい男だぜっ」
「はやく先を言え、ばかやろう」
 陽気な、そしていささかできあがっている囃し声を手でおさえながら、ラドクはどうやってもひきしまりそうにないくちもとを開いた。
「ようし、その調子だ。きょうはてめえらもしっかり働いたんだ。たんまり飲んで、たらふく食ってくれ。だが、飲みすぎるなよ。となりでうっとりしてる女を見ろよ。酔い潰れたりしたら、なにされるかわからんぜ。なあ?」
 ラドクが横目で見ていた女は、怒ったふりをしてかれをたたいた。笑い声があがり、ラドク自身も大口をあけて笑った。
「とにかく、心おきなく楽しむまえにやることがある。そうだよな」
 呼びかけられて盗賊たちは口々に同意した。そして、それまではもっぱら若いラドクにしゃべらせておいて、自分は飲むばかりだったかしらが、すくと立ちあがった。
 大きな男だった。歳は四十をこえたくらいだろうか。筋肉質のひきしまったからだに若々しさはなかったが、衰えというものもまだ感じられない。円熟をむかえ、なおも盛んといったようすの堂々たる姿だ。まっとうとはいえない暮らしがもたらす、くずれた凶暴さのようなものが、この男に荒くれ者を圧倒するだけの迫力をあたえている。
 盗賊のかしらは炯々とした双の眼を広間全体にめぐらせ、がっしりとした顎をひいた。
「おまえらの今日の活躍は、弟から聞いた」
 目の前の男にふさわしいかすれた低い声が、しずまりかえった部屋に響いた。
 一瞬、アマリアは緊張を感じた。この場にいる者は、みな、つぎのことばを待っていた。かしらの次のひとことでかれらの命運が決するとでもいうように。
 そこでかれは、いかめしい顔にかすかな笑みをうかべた。
「どうやらおまえらはおれよりも凄腕の狩人になりつつあるらしいな。このつぎからは、おれはおまえらに頼み込まねばならないだろう。どうか一緒に連れて行ってくれとな」
 かしらはあきらかに今回の戦果に満足しているらしい。そのことがわかると緊張はいっせいにべつのものになった。
「きょうの獲物はみんな、おまえらのものだ。欲しいものから名乗りをあげろ。まずは、この上等の織物からだ」
 盗賊たちはかしらの気前の良いことばに歓声をあげた。
 口笛やかんだかい叫び声に、戦利品をのぞむ欲望が感じられて、アマリアはくちびるを噛んだ。腫れている上に歯があたり、血の味がにじんだ。
 アマリアは、盗賊のかしらとラドクが、ほとんど無造作にと言ってよいくらい簡単に分捕品を分け与えてゆくのを見まもった。
 欲しい者にひとつ、またひとつと放り投げているだけなのだが、注意しているとそのやりかたは意外にも公平だった。ひとりにばかり多く与えるようなことは決してしない。だれもが不満をもたぬように、物の価値や大きさなどを考慮しているようだ。
 下品で粗野な言葉遣いや態度や、こまごまとした現物をめぐっての駆け引きであることをわりびいてみれば、そのようすはイニス・グレーネの謁見の間で行なわれていることとよく似ている。かしらには人を扱い慣れた雰囲気があった。
 だからといって、アマリアに感心してやる気はなかった。護衛をあれだけ蹴散らしてくれたのだから、これくらいはしてもあたりまえだろう。それに、かれらがうれしそうに手にしているのは、彼女がイニス・ファールヘもってゆくはずだったものなのだ。爪の黒ずんだ垢まみれの汚らしい手でさわってもらいたくなかった。
 アマリアの花嫁支度は、つぎつぎに人手に渡された。ひとつのものに欲しい者がかちあうと、かしらの裁定がものをいった。望みの物を得られなかった者には、かわりに相応のものが与えられた。今夜の獲物は、それが許されるほど豊かで質も高かった。
 それでも次第に分捕品の山は小さくなり、最後に捕われた人間たちが残された。
 かしらは部屋の隅にひとかたまりになっておびえている侍女たちを、かたわらに連れてこさせ、ひとりひとりの顔を念入りに調べた。炉の炎と松明とでうかびあがる女たちの顔は、生気を失っていたものの、充分に若々しかった。イニス・グレーネの姫の輿入れのおともとして選びだされた娘たちだ。ここにいる女たちのほとんどよりもととのった顔立ちをしていたし、身につけているものも高価だった。
「これはこれは。売っぱらうのが惜しくなるような上玉ばかりじゃねえか」
 泣きだしているひとりの娘を前にひざまずかせ、その顎を太い指でつまみながら、かしらは後ろに控えている男に話しかけた。
「どうだ、カーズ。気に入ったものがいるか。おまえの手柄は、ラドクに劣らぬと聞いたぞ」
 アマリアはかしらが呼んだ名に反応して、暗がりに直立する大柄な男を眼でとらえた。
 男がいくら酒を飲んだのだとしても、しらふでいるのはまちがいない。そのひきしまった顔に酔いの徴はみられなかった。
 ラドクがかれの反応を注視していることに気づいても、表情に変化はなかった。かれはかしらに答えた。
「おれはここの女たちを欲しいとは思わない」
 かしらはカーズの返事をおもしろくもなさそうに受けとめた。
「おまえは女嫌いなのか」
 あちこちでひやかしの声が飛んだ。
「おまえが欲しがる女がみつかったら、教えてほしいぜ」
 ラドクが軽蔑したようにカーズを見ると、男はむっとした顔で言い返した。
「おれは自分にふさわしいものしか、手に入れようとは思わん」
 カーズのまじめくさった態度にラドクは笑いころげた。アマリアは、この下品な笑い声に鳥肌がたつのを感じた。
「それはそれは、ごたいそうなこって。どんな女だって、おれさまに似合わねえやつはいないさ。あにき、きょうの二番目の功労者には褒美をくれねえのか」
「やらねえとは言ってねえぞ」
 ラドクはかしらの返事も待たずに、まっすぐにアマリアのもとへやってきた。くちもとのしまらないにやけた笑いをうかべながら、かれはアマリアの後ろ手に縛られた腕をひっつかんだ。
 アマリアは嫌悪に満ちて男をふりほどこうとしたが、そんな抵抗などものともせずに男は彼女をひきずっていった。
「あにき、おれはこいつをもらう」
 ラドクの宣言を聞いて、アマリアはまたしても怒りに我を忘れて、叫びだしそうになった。くちびるが痺れているのが災いして、ことばがでなかったのでことなきを得たが。
 彼女は得意満面のラドクとかしらとをぐっと睨みつけると、なんとかして腕に巻きついた指だけでもひきはがそうと試みたが、無駄だった。
 かしらは、歳の離れた弟の連れてきた獲物のひとりを興味ぶかげにながめていた。きついまなざしに気づいたとき、かれは楽しげに笑った。アマリアが小さな獣に見えたのかもしれない。
「元気がいいな」
「だろ」
 ラドクは暴れるアマリアを後ろから押さえ、ぐるりとみせびらかすようにした。
 息苦しさと屈辱のあまり、アマリアはうめき声をあげた。侍女たちの悲鳴と、盗賊たちのひやかしが耳をついた。
「…お離し」
 あえぎながらの命令口調に、盗賊のかしらはさらに愉快そうに笑った。
「どこぞの姫君か、その口のききようは」
 アマリアはあがった顎をひいて目をむいた。
「ラドク、離してやれ」
 殴られた記憶がなまなましいラドクは、不満そうにかしらを見返したが、結局アマリアから手をはなした。
 アマリアは喉をおさえて咳きこんだ。咳きこみながらも彼女はラドクとかしらに敵意をあらわにしたまなざしをおくることを忘れなかった。
「なかなかおもしろい。ラドク、どうやらおまえは身分あるおかたを連れてきたようだぜ。服といい、連れてる侍女といい、いいとこのお嬢だ」
「ばかいうんじゃねえよ、あにき。こんなじゃじゃうまがおひいさんのわけ、ねえだろう」
 ラドクはあきれかえったように泥に汚れたアマリアの顔を見た。
 馬上で短剣をふりまわし、あまつさえ、かれのふりおろした太刀を受けとめた女である。油断していたとはいえ、腹に拳をうちこんでくれた女である。
 髪をふり乱し、険しい表情に瞳だけを怒りにきらめかせている娘は、深窓の姫というよりも、誇りを傷つけられた小型の獣のようだ。むしろ、イニス・ファールにいるという、女戦士(アマゾーン)だといったほうが信じる者も多かったろう。
 アマリアはラドクの言いようにすっかり腹を立て、つぎの瞬間には盗賊の前に進みでていた。
「わが名はイニス・グレーネのアマリア・ロゼ。母の名はダルウラ。父はアーギル。わが一族はディアルスの裔につらなりしもの。いまの暴言を取り消しなさい」
 若い娘の高い声がその場を圧して響きわたった。



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