執務の間から出ると、扉のわきにひかえていた若い男にゆきあった。アルベスと呼ばれていたクレヴィンの従者だ。
若者はランプをかざしてエセルを見ると、かるく失望の気配をみせて肩の力をぬいた。
「侍女か。クレヴィンさまは、まだか」
エセルはうなずいて立ち去ろうとしたが、男の視線がからみついてくるのに気づいてふりかえった。
「とうぶん、おいでにはならないわよ」
「なにを話しあっておいでなんだろう」
男の落ちつかなげなようすには、不安のいりまじったいらだちが感じられる。さきほどは何事もないかのようにふるまっていたが、もどってきた人々の尋常でない雰囲気に動揺していたのを身分にふさわしく隠していたらしい。ひとりごとのようにつぶやいてはいたが、情報がほしいという意思表示にはちがいなかった。
「あなたに知っていてほしいことなら、クレヴィンさまが話してくださるでしょう」
エセルのことばにアルベスは顔をあからめた。
「私はクレヴィンさまのお部屋にひかえているわ。お耳に入れたいことがあると、伝えてもらえないかしら」
主人には自分が伝えるから、言いたいことを話せという従者を、エセルはきびしく拒絶した。
「じきじきにお話したいの。大切なことよ」
エセルはアルベスがどの程度信頼されているのかを決めかねて、迷ったすえに、いつもは懐に入れて隠している鎖をひきだしてみせた。
アルベスは細い鎖の先にとおされた指環の紋章を見て、眼をみはった。
すくなくとも、この従者は紋章がなにを意味するかを知らされる程度には信頼されているらしい。
安堵しながら鎖をもとに戻すと、エセルは男の表情に承認のあかしをみとめた。
「わかった。クレヴィンさまにはそう伝えおこう」
アルベスはエセルがひとならぬ者であることを発見したかのような、間のぬけた顔でかろうじて約束した。