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 クレヴィンは、アマリアがレセニウスの神殿にむかったのち、一日遅れて別ルートをとり、やはり神殿に行く予定になっていた。
 神殿への往路は、神事へおもむく関係上、ことさらな荷や行列はつつしむべきである。が、神殿から出てきた花嫁を無事にイニス・ファールに送りとどけ、なおかつ、いまは屈伏してみせるにせよ、敵方にイニス・グレーネの力をみくびらせぬためにも、警護の人員と贈り物の数々は増やす必要があった。
 アマリアを直接、護る役目はベレックに譲ったものの、イニス・グレーネの姫の花嫁行列を統括し、婚礼の儀式に参列するものは、ひとりではたりない。
 こちらがどれだけイニス・ファールとの結びつきを重要視しているかを相手に納得させるために、さらに、イニス・ファールの長であるレーヴェンイェルムの殿に敬意をあらわすために、女王が参列せぬ以上、せめてもうひとりの王族を派遣するべき、というのがムールンの出した結論であった。むろん、囚われの女王の伴侶は員数外である。
 翌日、空は雲に覆われ、冷たい風が丘陵を吹きわたりはじめた。
 クレヴィンが率いてゆき、神殿で先発隊とおちあうはずだった一行は、統率者をすげかえて予定どおりに出発した。
 荷車と侍女たち、下男たち、さらに護衛の騎士たちも、一日はやく神殿めざして出発した者たちがどのような運命をたどったかを知らされることはなかった。
 例外はただひとり、かれらを率いる部隊長のみ。かれは女王の御前で、イニスにかけて、沈黙を誓った。
 そして、もうふたり。
 表向きは荷馬車に積みきれなかったものが入れてあることになっている馬車の中に、侍女頭のムールンとエセルが神妙な顔で乗りこんでいた。
 黒い鳥が鈍色の空を切るように飛んでゆく。
 風はつよくはないが、無視できるほどあたたかくもない。冬の神の息に触れたように、かすかなおののきを感じさせるひややかさだ。
 街道を進んでゆく一行を見送ると、クレヴィンは馬首をかえした。
 丘の上に集まった男たちはみな馬に乗り、知らされたばかりの任務を反芻しつつ、真剣な顔で指揮官の命を待ちうけている。
 陽に焼けたいかつい顔のかれらは、みこんだとおり、アマリア誘拐の報せに緊張することはあっても絶望することはなかった。女王に忠誠を誓う騎士たちの中でもとくに忠実なものばかりをえらび、編成した討伐隊だ。
 不安はだれもが抱いている。が、かれらは決意をもたねばならない。とくに、上に立ち、命令する立場の人間は。
 クレヴィンは、脇に控えた騎士コーヴェルを見た。
 けさ戻ったばかりの壮年の男は、額と腕に傷を負っている。疲労がかれの顔色をわるくしていたが、焦茶色の瞳には厳しい決意が宿っており、クレヴィンはそこに自分とおなじ悔恨を認めた。
 盗賊の棲み処まで案内するものが他にいたとしても、なにものもかれをおしとどめることはできなかったろう。
 コーヴェルは不覚をとった自分を深く恥じており、責任をとるいかなる機会も逃さない決意でいた。
「急ぎましょう。トレナルが痺れをきらすと困る」
 クレヴィンはコーヴェルにうなずくと、他の者にむかって大きく腕をふった。
「行くぞ」
 号令とともに騎馬の一行はうごきだした。



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