天空の翼 Chapter 1 [page 23] prevnext


23 真の名前I


 かけられた言葉の意味が理解できないまま、フィアナは相手を見かえしていた。
 特別なことを言ったつもりではなかったのか、聖騎士の従者はすでにフィアナではなく黒馬へと意識を移していた。見れば、鼻を鳴らしていらいらと足踏みを繰り返している巨大な馬には、おそらくは聖騎士団のものなのだろう、見慣れぬ文様の馬具が装着されている。
 どこかへ出かけるのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、自分の頭に触れてみた。
 冷や汗が出た。
(なによ、これ)
 馬の強烈な鼻息にふきあげられた髪は逆立って、頭上で渦を巻いているようだった。あわてて懸命に手ぐしを通し、もつれはなんとか解消できた――みだれた髪型はどうにも修復ならなかったが。
 フィアナは、結果としてさらにふくれあがってしまった髪を両手で必死に押さえつけながら、あわてて目前の人物に視線を戻した。
 黒髪の若者は、まだ無言のまま黒馬と小競り合いをつづけていた。
「あの、ええと――」
 名前を知らないことに気づいてとまどいながら発した声だったが、若者はすぐに顔をあげてこちらを見た。同時に黒馬も彼女を見た。きれいに梳かされたたてがみの合間から、冷たい瞳がじろりと覗きこんできた。
 馬は呼んだつもりはなかったのだが――至近距離のまなざしに大いにひるみながら、今度はつとめて若者にむかい、フィアナは尋ねた。
「あなた、カーティス卿の従者、なのよね」
「そうだ。六の巫女」
 それがなにか、と不揃いな前髪の奥から眼が問うてくる。こちらも、質問を歓迎しているようには見えなかった。薄暗がりの中でこの二対の視線と対峙するのは、ちょっと怖い。しかし、ここで話をやめるわけにはいかなかった。
「馬で、どこかへ、でかけるの?」
「運動に、その辺を」
 むりやりひねり出した問いに、律儀な応えが返ってくる。運動するのは馬なのか人なのか、その辺でなにをするつもりなのか、疑問がわいたが、詳細を突き詰めるつもりはなかったので聞き流すことにする。
「それじゃあカーティス卿は……」
「行かない」
 ようやく核心に近づいたと思われた問いは、最小限の言葉であっけなく切り捨てられた。鼻を鳴らす黒馬が小馬鹿にしているように感じるのは、気のせいだろうか。
「ああ、ちがう。そうじゃなくて、私が言いたいのはカーティス卿が出かけるのかってことじゃなくて。カーティス卿に、もう一度お会いしたいの。ずっと探してたのよ」
 だからどこにいるのか教えて、とつづけようとした口元は、にわかに眼前にせまってきた黒馬の巨大な顔のために凍りついた。
(だから、なんなのよ、この馬は)
 声にならない悲鳴をあげて、フィアナは身体を反らす。
 そのようすをたしかに見ていたはずなのだが、若者は声をかけてもこなかった。そのかわりというべきか、馬を自分の意志に従わせようという試みを、懸命に続けている。普段の馬丁の仕事を見るかぎり、さほど困難な作業とは思えないのだが、若者の顔は真剣でかなり苦労している様がうかがわれた。
 フィアナは邪魔にならないように――というよりはたんにそばにいたくないからという理由で脇に退いた。
 ところが、黒馬との距離がいっこうにひらいてゆかないのだ。
 もしかして、この馬も彼女の髪をまぐさと勘違いしているのだろうか。
 両手で髪を握りしめたまま顔をひきつらせているフィアナに、若者がぶっきらぼうに言葉をほうってきた。
「カーティスはここにはいない」
 たしかにそれは待っていた答えのうちだったが。
(もっとはやく言いなさいよね)
 右を向けば右から、左を向けば左からと通せんぼをするように踏み込んでくる黒馬によって、逃走経路をことごとく遮られたフィアナは、心の中で若者に悪態をついた。
(その手綱、なんのために持ってるのよ)
 小柄なフィアナにとって、間近で眼にする戦馬の威圧感は並大抵ではなかった。硬く大きな蹄、筋肉の張りつめた巨大な馬体がいまにものしかかってくるかもしれないと、それだけでも金縛り状態だというのに、気がつくと馬の顔はしだいに間近に迫りつつある。近寄らないでよという心の声をあざ笑うように、馬はじわじわと彼女を壁際に追いつめていった。
「おい、おまえはこっちだ」
 とうとう若者が叱咤の声をあげた。さすがに無言ではいられなくなったらしいが、それもあっさりと無視されれば、なんの役にも立たなかったことはあきらかだ。
 黒馬は煩わしげにいななくと大きく首をふってみせた。なにげないしぐさだったが、見あげるフィアナの視界にはたてがみが一瞬ふわりと浮き流れ、みなぎる活力をみせつけるかのような勇壮な荒々しさが強烈だった。
 そして黒馬は、うごきを止めた。
 傲然と首をもたげ、睥睨するようにフィアナのみだれた金髪の頭から足の先までをながめている。
 息を止めたままようすをうかがっていると、すっと首がのびてきて、視界が黒一色に塗りつぶされた。思わず目を閉じる。
 いななきにふるえる空気を肌に感じつつ、あたたかい鼻面で幾度となく小突かれるのを、フィアナは必死で我慢した。
「ねえ、そこのひと――もうひとつ聞いてもいいかしら」
「なんだ、六の巫女」
 弱々しい声をかけると、若者は腹立たしいほど普通の声音で尋ね返してきた。少しは焦っているのかもしれない、と思えるのは声が荒い息の下で弾んでいるからだ。
「この馬は、どうしてこんなに私にくっついてくるの?」
「わからん」
 今度ははっきりと困惑のにじむ返答だった。かれはかれなりに奮闘しているのかもしれない。しかし、はっきりいって切実感が不足気味である。
(わからんって、そんな)
 無責任な、と悲鳴をあげると低いうめき声が返ってきた。どうやら若者はこれでも懸命に馬をひき離そうとしているらしかった。眉間に皺を寄せて額に汗をにじませ歯を食いしばり、全体重をかけているのだろう足は地面に溝を削っていた。それでも黒馬はじりともうごかず、若者の悪あがきに苛立って荒い鼻息を吐いた。
 生温かい風に顔を舐められて、フィアナは気が遠くなりそうだった。
「おい、どうした」
「聖騎士さまの馬が巫女に食いついてるらしい」
 いつのまにか周囲にはちいさな輪ができていた。侍女と従者見習いの声も聞こえてくる。どうやら口げんかは一段落したようだ。興奮して足元をかけまわる犬や猫の鳴き声、さらには他の馬たちのいななきに混じって、いかにも慣れているとわかるものたちの声が交互に黒馬にかけられる。
 しかし、それでもなお黒馬はフィアナの前に立ちはだかりつづけていた。巨体の戦馬は危険なため、無理矢理ひきはがすことはできないらしい。するうちに、まわり中からなだめすかされたことがお気に召さなかったらしく、黒馬は根を生やしたようにうごかなくなってしまった。
「大丈夫ですか、フィアナさま。怪我はしてませんか」
「怪我はないけど……」
 異常事態にいままで気づかなかったことは恨めしかったが、旧知の助力がやってきたことにフィアナはほっとして、弱音を吐いた。
「だいじょうぶ、じゃないー……」
 強く突いたり噛みついたり蹄をあげたりといった、本当に危険な行為は、じつはされていない。不思議なことだが、黒馬は小突きながらも彼女の反応を逐一確かめており、どこか手加減しているようなふしさえあった。したがって敵意といっても死ぬほどつよく感じているわけではないのだが、大きな馬面は何度もせまってきてはあちこちに触れてくるし、めくれあがった唇からは硬そうな歯が並んでのぞいているしで、生きた心地がしないのは確かだった。
 いったいどうして、とフィアナは思う。
 この気位の高そうな戦馬の機嫌を損ねるような、なにを自分がしたというのだろう。
 馬丁達による馬の鼻先からすばやくフィアナを引き出そうとする試みも失敗して、厩には落胆のため息がひろがった。その結果として、黒馬の機嫌はというと、ことのほか麗しくなっていた。
「そうだわ、フィアナさま、馬に話しかけてみてください」
 ミアが必死になって助言するのに、フィアナはとまどった。
「馬を落ち着かせるためです。なんでもいいですから、とにかく話しかけて」
「……きょうもいい天気ですね、とか?」
 ふるえながらも口にしたとたんに、馬に天気の話かよ、という声が隅から聞こえた。
 ジョシュ・ハーネスの足をあとで思い切り踏んでやると即座に決意して、フィアナはそろそろと顔をあげた。
 馬に敬意をはらうには、いったいなんと呼びかければよいのだろう。
「……ね、あなた、私になにかしてほしいことがあるの?」
 ものすごくまぬけなことをしているような気分になりながら、フィアナは視線で黒馬の鼻筋をたどって、自分を見つめている眼をたしかめる。
 黒目がちの濡れたような眼は、よく見ると予想したよりもずっとかしこそうだった。
「それとも、なにか欲しいものがあるの?」
 そう言いながら、フィアナはふと思いついた。もしかすると、この馬は腹が空いているのかも知れない。
「だとしたら申し訳ないんだけど。私、あなたにあげられるようなものはなんにももっていないのよ」
 懐を何度かつついていた鼻は、おそらく宝石箱のことは感じているはずだ。だが、あれは馬のほしがるようなものではないだろう。
 黒馬は、眼と鼻の先で威嚇するようにぶるると鼻をふるわせた。
 心の中で悲鳴をあげながら、フィアナはつづけて懇願した。
「根野菜も砂糖も塩も、なんにもないの」
 ほかにあるのは、宝玉だけだ。
「だから、離れて」
 今度は、長いまつげをばさりと上下させてまばたきが返ってきた。ぴんとたった耳がくるりとうごいたような気配もする。
(もしかして、聞いている?)
 さらにたたみかけた。
「離れてくれたら、あとでなんでも好きなものをあげる。ああ、なんでもって言うのはちょっと無理かもしれない。けど、できるだけ女官長に頼んでみる。それじゃ、だめ?」
 黒馬は、ふむと思案するように眼をほそめた。
 そのようすのあまりの人間くささに驚きながら、フィアナは反応を待った。
 ところが期待は裏切られ、黒馬はふたたび胸を鼻で突いてきた。今度は先ほどまでよりも少しばかり強めで、なぜだか憤慨しているようにも思えた。
(ああ、もう)
 腹が立つ。
 馬にも、従者にも、この厩にも、さっさと逃げ出せなかった自分自身のまぬけさ加減にも、カーティス卿をつかまえ損ねた間の悪さにも、いいかげんうんざりだった。
 フィアナは腰に手をやって、すうと息を吸いこんだ。腹に力をこめると、大丈夫だという気がした。
 そのまま、怒りとともに声を放った。使ったのは、儀式の時の発声だ。
「ちょっとあなた、私の言ったことを聞いてなかったの。離れてと頼んでるんだから、離れなさいよ。このままいつまで私をここにはりつけるつもりなの?」
 声が響く。厩にも内容にもそぐわない、大きく澄んだ声が響きわたった。
「フィアナさま――」
 それじゃ逆効果です、とミアがあきれた悲鳴をあげる。しかし、フィアナはそれを無視した。
「いくら私がまぬけだからって、いつまでも下手に出てると思ったら大間違いなんですからね。いいこと? 私はこれでも宝玉の巫女なのよ。その私に対して、こんな狼藉をはたらいて許されると思ってるの。だいたい、あなたも――」
 フィアナはそこで、黒馬を食い止めようとしている若者に冷ややかな視線を投げた。
「そこの従者も、両方とも無礼なのよ。礼儀がなってないのよ。こんなひとたちと一緒に旅をするなんて、まっぴらごめんだわ。いやしくも聖騎士の側仕えだというならば、きちんと作法を学ぶべきよ。いい? 初対面の相手にはまず自分から名乗るのよ。なぜって、呼びかけるのにこっちが苦労するじゃないの。あなたとか、そこのひととか、従者さんとか。収まりが悪くて嫌なのよ。あなたの名前はなんなの?」
「――馬にむかって、なにフクザツなこと言ってんだ」
 すっかりやけっぱちになっている六の巫女に、たしなめる言葉もないといった侍女と従者見習いがいる一方で、ひとりだけ理不尽に非難された若者が真面目に答えを返してきた。
「ブラウフェルドだ、六の巫女。名前はブラウフェルド」
「そう、〈黒き稲妻〉ね。いい名前じゃないの。さっさと言いなさいな」
 あなたは馬なのよ、分をわきまえなさい、ブラウフェルド!
 その名がつよい感情とともに宙へと放たれたとたん、黒馬はうたれたように静止した。
 見おろす黒い瞳がフィアナをとらえているのはおなじだが、そこにはそれまで微塵も存在しなかった驚愕の感情が透けて見えた。
 馬は、押しつけようとしていた首をあわててすくめたようだった。
 驚いたのはフィアナも同様だ。
「そう、あなたがブラウフェルドなのね」
 落ち着きはらって馬の額の星に触れ、そんなことを言ってはみたものの、これはいったいどういう意味なのだろう。
「私から離れて、ブラウフェルド」
 訳がわからないままだったが、声ばかりはやけにしっかりと命令をくだしていた。
 黒馬はこれまでの居丈高が嘘のようにしずしずと後ずさりをし、それから首をかしげるようにしてフィアナを見た。
 まるで、これでいいかと反応をうかがっているようなしぐさだった。
 馬との距離は、おそらく逃げ出すための猶予を期待できるほどには遠くなっていた。
 解放された。
 フィアナは、こみあげる安堵のあまり、その場にずるずると座り込んでしまった。


 それから黒髪の従者は馬丁達から叱られ、様々な注意を受けていたが、当然だろう。
 助け起こされたミアに乱れた髪について盛大にため息をつかれているとき、いつのまにかやってきた若者は、すまないと謝ってまた遠ざかっていった――しかし、不揃いな前髪に隠れたその顔は、やはりあまり堪えているようには見えなかった。
「ほんとうにおまえ、それで騎士になるつもりなのか。まるでなってないぞ、馬の扱い」
 いっぱしの従者を気どって冷ややかに論評したのはジョシュだったが、黒馬がおとなしくなった理由についてはうまく説明できないらしかった。
「偶然だろ、たぶん」
 痛む足をさすりながら、頼まれて馬の運動につきあうことになったとかなり嬉しそうに宣言するジョシュを残して、フィアナ達はそのまま厩をあとにすることにした。
 ところで、厩の出入り口にさしかかると、ミアはすぐさまジョシュの発言に疑問を呈した。
「ほんとうに頼まれたんでしょうか。また、勝手に押しかけたのかもしれないわ」
 夢見がちで思いこみの激しい身内を持つと、疑惑の種は尽きないものであるらしい。
 カーティス卿の馬に何かあったら大変だと気をもむミアには悪かったが、そんなことはどうでもいい、とフィアナは思っていた。さっきの騒動で十日分くらい気力を消耗した気分なのだ。その後、ミアは黒馬の豹変を不思議がったが、それに関してもあまり深くは考えたいとは思わなかった。聞けば、あの馬が言うことをきかないのはあの従者の場合だけという話ではないか。
 つまり、そういうことなのだ。聖騎士の従者はけっきょく名乗らなかったが、あれはきっと馬の名前を尋ねたと勘違いしたのだろう。それはそれでいい。フィアナもどちらに尋ねているのかわかっていなかったくらいだし、思わず口走ってしまった言葉もどうやら聞き流された。なりゆきとはいえうまくいったのだから、それ以上のことは考えまい。
 そういえば――聖騎士はいまどこにいるのだろう。
 どさくさに紛れて、肝心な点を問いただすのをすっかり忘れていたことにようやく気がついた。馬鹿だった。
「でも、やっぱりカーティス卿の馬は素敵でしたでしょう?」
 朝方一度きれいに仕上げたはずのあるじの髪を、あらためて見苦しくないくらいにまとめる方法をもとめていじりくりながら、ミアが言った。
「うーん、そうねえ」
 この問いに当たり障りのない答えを返すことは、いまのフィアナには不可能だ。適当な言葉を探して唸っているうちに、ミアは手と話を勝手に進めていく。
「最初はさすがにびっくりしましたけど、フィアナさまに叱られたあとはしゅんとなっちゃって。黒馬ちゃん、気位はとっても高そうだけど、可愛いところありますよねえ」
「そうかしら」
「そうですよ。ねえ、あのこ、もしかしてフィアナさまのことが好きなんじゃないですか。だからすりすりすり寄ってきたんじゃないかしら。考えてみたら……うふふふふ」
 ひとりなにかを思いついてきゃあきゃあ喜んでいるミアに、フィアナは不審のまなざしを向ける。
「気持ち悪いわね、どうしたの」
「だって、思い出してみたらあのときのフィアナさま、ものすごく熱烈に求愛されてるみたいだったから……うぷぷぷ……ごめんなさい、笑うつもりじゃないんですけどっ」
 笑うつもりじゃなければどういうつもりだ。
 とはいえ、言われるように思い返してみれば、フィアナは黒馬に何度も鼻面で顔面をつつかれ、大きな口は幾度も口元をかすめてもいたのだった。恐怖と不安で金縛りになっていたから考えもしなかったのだが、もしかするとあれは口づけといってもおかしくはない出来事だったのか。
「――それじゃあ、なによ。私は馬に愛撫されてたってこと?」
「そんな、フィアナさまったら、はしたないですよう――でも、たしかにそうかも……」
 ふたたび笑い出す侍女に、フィアナはめまいを感じていた。あんなに大変な思いをして最後には劇的な脱出を果たしたと思っていたのに、傍目には馬に求愛された喜劇としか映っていないなんてあんまりではないか。
 しかも、彼女はどうやら、
(初めてのくちづけ)
 を、馬に奪われてしまったらしいのだ。
 大きな鼻と口の妙にやわらかな感触をよみがえらせて愕然としていると、ミアがなおも眼で笑いながら追い打ちをかけてきた。
「フィアナさま、さっき黒馬になにか約束なさってたでしょう」
「そういえば……」
 ――離れてくれたら、あとでなんでも好きなものをあげる。
「期待してるんじゃないですかあ、黒馬ちゃん」
「あ、あんなの関係ないわ。相手は馬じゃない、無効よ、無効!」
 叫んだとたん、背後で聞き覚えのある声がした。
「おいそこ、危ないぞ。どいてくれ」
 聖騎士の鹿毛をひいて誇らしげに現れたジョシュのあとから、黒馬と従者がつづいてやってくる。フィアナが気づいたよりもずっとはやく、黒馬は彼女の存在に目を留めたようだった。
「ほら、見てますよ」
「やめてよ」
 からかいの言葉に抗議をしながら進路を譲ったフィアナに近づくに従い、黒馬はしだいに歩調をゆるめ、しまいにはすっかり足を止めてしまった。
 それからは何度押そうが引こうが頑としてうごこうとしない馬に、ねばり強くなだめつづけた黒髪の若者もとうとう観念したらしい。
 かれはミアにしがみついたままおののいているフィアナの上に、闇色のまなざしを落として言った。
「すまないが、馬の散歩につきあってくれないか。六の巫女」
 心なし、疲れのにじんだ声だった。



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