シートベルト着用のサインが出たが、アイリーンは乗務員の配慮によって病人搬送用のベッドに固定されていた。
この逃避行のもっとも危険な段階を目前に、彼女は緊張をできるだけ解こうと努力していた。
かれの手渡したアクアマリーンが、ふところでころころと移動したあげく、胎児から少し離れた胃の上に収まった。この鎖は少し長すぎる。これまで王のちからの象徴としてほとんど男性のために使用されてきたものだから。あとで詰めなければならない。
機体がゆっくりと滑走路の上をうごきはじめ、次第に速度を増してゆく。
かれはそれまで寄り添うようにしていた意識を、可能なかぎり強めて、彼女と彼女の子供のまわりにはりめぐらそうとした。
いままで試みたこともない、極度の集中状態に、かれは自身の存在が無になるような感覚を味わった。
シャトルは惑星の引きずりおろそうとする力に最大限のエンジン噴射で対抗する。
考え得る限りの緩衝装置をそなえた内部にも、衝撃は襲いかかってくる。
このときのためにと蓄えたちからを使い果たしそうになってもなお、シャトルは重力圏内を突破できずにいた。
かれは歯を食いしばった。
存在のすべてをエネルギーにかえても、そんなことができればの話だが、シャトルが軌道に乗るまでは意識を失うことはできない。
発作の予感に集中を乱されそうになりながら、かれは必死になってアイリーンの意識を求めた。
彼女は子宮にむかって語りかけていた。
がんばってちょうだい。
もうすこしよ。
だいじょうぶ。
私がついているから。
励ましの言葉は、たしかに胎児に届いている。
ちいさな生命は厳しい試練になんとか立ち向かっていた。
かれは胸に熱いものがこみあげてくるのを感じた。
そのときだった。
いまにも消えてなくなりそうだったかれ自身を、おおきくつつみこむようにあらたな意識がやってきた。
それはかれにかわって、かれよりも確かに、かれよりも優雅に、そしてかれよりもはるかに力強く、ふたつの生命をまもるためにはたらきかけだした。
大きなちからの源はかれの肉体の存在する場所にあり、そのことが意味する神殿の意志を、かれははっきりと感じとった。
アイリーンと彼女の娘は生きてこの惑星を出るのだ。